「この論争には、今日、ここで結論を出そうシリーズ」も、第三回だ。
第三回は、「習い事論争」を取り上げたい。
今日は、多くの家庭が「良かれと思って」陥っている落とし穴
「習い事の過剰」について、
僕なりの結論を伝えたいんだ。
ピアノ、水泳、英会話、サッカー、習字、そろばん、プログラミング。
「周りの子はこんなにやっているから、うちも」
「今のうちに色々経験させてあげたい」
「才能を伸ばすチャンスを逃したくない」
こうした思いから、気づけば週5日、6日と習い事で埋まっている子どもたち。
本当に、これで良いのだろうか?
僕が長年の経験から導き出した結論は、明確だ。
「習い事は3つ以上になると、確実に子どもの学力と心を壊す。」
これだ。
今日は、なぜそう断言できるのか、
そして「良い親」を演じるための習い事が、
いかに子どもの成長を阻害しているのかを、話してみたい。
なぜ親は習い事を増やしてしまうのか
まず、保護者の皆様の気持ちを理解することから始めたい。
「良い親でありたい」という願い
多くの親御さんが、こう考える。
「子どもに色々な経験をさせてあげたい」
「将来の選択肢を広げてあげたい」
「才能があるかもしれないから、試させてあげたい」
これらは、すべて愛情から生まれる想いだ。
決して間違った動機ではない。
周囲との比較という圧力
さらに、こんな不安も加わる。
「隣の◯◯ちゃんは、5つも習い事をしているらしい」
「うちの子だけ何もさせていないと、取り残されるのでは」
「今しかできないことを、やらせないと後悔するのでは」
こうした不安と焦りが、習い事をどんどん増やす原動力になる。
習い事業界の巧妙なマーケティング
そして忘れてはならないのが、習い事業界の戦略だ。
「◯歳までが脳の発達の臨界期!」
「今始めないと手遅れになります!」
「お友達と一緒に楽しく学べます!」
こうした言葉で、親の不安と期待を巧みに刺激する。
結果として、「断る理由がない」状態に追い込まれ、気づけば習い事が増えていくのだ。
習い事が「3つ以上」になると起こる5つの悲劇
さて、ここからが本題だ。習い事が3つ、4つ、5つと増えていくと、子どもに何が起こるのか。
多くの生徒を見てきた経験から、明確に言えることがある。
1. 「自由時間ゼロ」という虐待
まず理解していただきたいのは、子どもにも自由時間が必要だということだ。
平日のスケジュールを考えてみてほしい。
学校:8時〜15時(7時間)
宿題:1〜2時間
食事・入浴:2時間
睡眠:9時間(小学生の推奨睡眠時間)
これだけで、すでに19〜20時間だ。つまり、1日の残りは4〜5時間。
ここに習い事が週5日入っていたらどうだろう?
移動時間も含めれば、1日あたり1〜2時間は習い事に費やすことになる。
そうだ。子どもが自由に使える時間は、ほぼゼロになるんだ。
ボーッとする時間、
好きな本を読む時間、
友達と遊ぶ時間、
何もしない時間。
これらすべてが奪われてしまう。
そして、こうした「一見無駄に見える時間」こそが、
子どもの創造性、思考力、情緒を育てるんだ。
2. すべてが「中途半端」になる
習い事が多すぎると、どれも深く学べない。
ピアノも、水泳も、英語も、すべて「週1回」。
これでは、どれも本当の実力にはならない。
週1回の習い事は、「やっている」という安心感を親に与えるだけで、
子どもの本当の力にはならない。
例えばピアノ。
週1回30分のレッスンだけで、家での練習時間がほとんどなければ、上達するはずがない。
しかし、習い事が多すぎる子どもは、家で練習する時間がない。
次の習い事、宿題、睡眠。
これらに時間を取られるからだ。
結果として、何年続けても、何一つ得意なものができない
という状況に陥ってしまう。
3. 学力の土台が崩壊する
これが最も深刻だ。
習い事に時間を取られすぎると、「考える時間」がなくなる。
学力の本質は、「知識を詰め込むこと」ではない。
「自分で考える力」だ。
算数の問題を、じっくり30分考える
本を読んで、内容について想像を巡らせる
理科の実験結果を、自分なりに考察する
こうした「深く考える時間」が、学力の土台を作る。
しかし、習い事が多すぎる子どもは、常に「次の予定」に追われている。
そうだ。考える時間がないんだ。
はっきりとした傾向がある。
習い事を3つ以上している子どもは、成績が伸び悩む。
一方、習い事を1〜2つに絞っている子どもは、安定して成績が上がっていく。
4. 「疲れ」という慢性的な状態
いくら子どもでも、体力には限界がある。
毎日学校で7時間勉強し、放課後は習い事、帰宅後は宿題。
この生活を続けていれば、慢性的な疲労が蓄積してしまう。
そして疲れた子どもは、
授業に集中できない
宿題を雑にやる
イライラして家族に当たる
睡眠の質が低下する
病気にかかりやすくなる
あなたの子どもの顔を見てほしい。
疲れた表情をしていないだろうか?
笑顔が減っていないだろうか?
疲れ切った子ども時代。
これは、決して健全な成長とは言えないだろう。
5. 「やらされている感」の蓄積
習い事が多すぎる子どもは、自分の意志で選んだわけではないことがほとんどだ。
親が「これも、あれも」と決めて、スケジュールを埋めていく。
子どもは、それに従うだけ。
この状態が続くと、子どもは以下のような感覚を持つようになる。
「自分の人生は、自分で決められない」
「親の言う通りにしていればいい」
「自分が何をしたいか、考える必要はない」
これは、主体性の完全な喪失だ。
そして、主体性を失った子どもは、中学生、高校生になっても、
「自分で考えて行動する」ということができなくなる。
「才能を見つけるため」という幻想
よく聞く言葉がある。
「色々やらせてみて、才能があるものを見つけたい。」
この考え方、一見合理的に見えるが、実は大きな間違いなんだ。
才能は「見つける」ものではなく「育てる」もの
まず理解してほしいのは、生まれつき才能が決まっているわけではない、ということだ。
「この子はピアノの才能がある」
「この子は水泳の才能がある」
こんな風に、生まれながらに才能が刻印されているわけではない。
才能とは、継続的な努力と深い学習によって育つものなんだ。
週1回、年間50時間程度の習い事を5つやっても、どれも「才能」と呼べるレベルには到達しない。
一方、1つのことに週3回、年間150時間を3年間(450時間)続ければ、それは「得意なこと」になるかもしれない。
才能を見つけたいなら、数を増やすのではなく、1つを深く続けることが大切だと思う。
「あれもこれも」が「何もできない」を生む
習い事を5つやっている子どもと、1つを深く続けている子ども。
10年後、どちらが「得意なこと」「自信を持てること」を持っているだろうか。
答えは明らかだ。後者だ。
前者は、「色々やった経験はあるけど、どれも中途半端」という状態になる。
これは、子どもの自己肯定感を下げる。
「自分は何も得意なことがない」という感覚を持つようになるかもしれないからだ。
習い事は「2つまで」が最適解
ここまでの議論を踏まえて、僕の結論を明確に述べたい。
習い事は、多くても2つまで。できれば1つに絞るべきだ。
推奨する方針「1つの本格 + 1つの楽しみ」
具体的には、以下の組み合わせを推奨したい。
【本格的に取り組むものは1つ】
週2〜3回のレッスン
家でも練習・復習をする
長期的に続ける覚悟を持つ
ピアノ、水泳、武道、サッカーなど
【楽しみとして続けるものは1つまで】
週1回程度
プレッシャーなく楽しめるもの
子ども自身が「やりたい」と言ったもの
絵画、工作、そろばん、習字など
【合計は2つまで】
なぜ「2つまで」なのか
理由は明確だ。
自由時間を確保できる
週3〜4日の習い事なら、残りの日は自由時間として使える。
宿題、読書、遊び、ボーッとする時間。これらが確保できる。
深く学ぶことができる
数を絞ることで、1つ1つに十分な時間とエネルギーを注げる。
結果として、本当の「得意」が生まれる。
子どもの意志を尊重できる
2つまでなら、子どもと相談して選べる。
「本当にやりたいもの」を選ぶ対話ができます。
経済的にも現実的
習い事には費用がかかる。2つまでなら、各家庭の経済状況に合わせて無理なく続けられる。
疲労が蓄積しない
週3〜4日なら、子どもの体力的にも無理がない。
元気な状態で学校生活も送ることができる。
「でも周りの子は…」という不安への答え
ここで、多くの保護者の皆様が感じる不安に答えよう。
「周りの子はもっとたくさん習い事をしている。うちの子だけ少ないと、遅れを取るのでは?」
10年後に差がつくのはどちらか
短期的には、確かに5つ習い事をしている子の方が「すごい」と見えるかもしれない。
しかし、10年後を見てほしい。
5つの習い事を中途半端にやった子
どれも続いていない(飽きて辞めた)
何一つ得意なことがない
自分に自信がない
学力も伸び悩んでいる
1つの習い事を深く続けた子
その分野で確かな実力がある
「自分はこれができる」という自信がある
継続する力が身についている
学力も安定している
うん。どちらが幸せな人生を歩んでいるだろうか。
「経験」の質が違う
「色々な経験をさせたい」という想いは理解できる。
しかし、浅い経験を10個するより、深い経験を1つする方が、はるかに価値があるんだ。
週1回を1年続けても、それは「経験した」程度だ。
週3回を5年続ければ、それは「身についた」「自分の一部になった」と言える。
後者の経験こそが、子どもの人生の財産になるんだ。
習い事を減らす勇気
それでは、実際にどうすれば良いのだろうか。
既に3つ、4つと習い事をしている場合、どう整理すれば良いのか、具体的に説明してみよう。
ステップ1:子どもと話す
まず、子どもと本音で話してほしい。
「今、たくさん習い事をしているけど、どう? 楽しい?」
「疲れていない?」
「本当に続けたいのはどれなの?」
子どもの本音を聞いてほしい。
多くの場合、子どもは「実は疲れている」「辞めたいものもある」と答えるはずだ。
ステップ2:優先順位をつける
子どもと一緒に、習い事の優先順位をつけましょう。
判断基準は、
◎子ども自身が「やりたい」と言っているか
◎実際に上達しているか、楽しんでいるか
◎長期的に続ける価値があるか
この基準で考えれば、自然と残すべきもの、辞めるべきものが見えてくる。
ステップ3:辞める決断をする
そして、勇気を持って辞める決断をしてみよう。
「せっかく始めたのに」
「お金をかけたのに」
「先生に申し訳ない」
こうした感情があるのは当然だと思う。
しかし、子どもの未来の方が大切なんだ。
辞めることは、失敗ではない。
より良い選択をするための決断なんだ。
ステップ4:空いた時間の使い方を決める
習い事を減らして空いた時間を、どう使うか。
これが重要だ。
おすすめは、
◎読書の時間:図書館で好きな本を借りて、自由に読む
◎家族の時間:一緒に散歩、料理、ボードゲームなど
◎友達と遊ぶ時間:公園で鬼ごっこ、ボール遊びなど
◎何もしない時間:ボーッとする、空想する、絵を描く
これらの時間が、子どもの成長に最も重要だからだ。
ステップ5:長期的な視点を持つ
習い事を減らす決断をしたら、長期的な視点を持ってほしい。
習い事を減らした後の半年後、1年後に見えてくる「子どもの変化」をぜひ観察してほしいんだ。
多くの場合、以下のような変化が見られるだろう。
◎表情が明るくなる
◎学校の成績が上がる
◎本をよく読むようになる
◎家族との会話が増える
◎残した習い事に、より集中できるようになる
このような変化を見れば、「減らして正解だった」と確信できるはずだ。
「1つを深く」が育てる本物の力
最後に、習い事を絞ることで、子どもが手に入れるものを伝えたい。
1. 本物の「得意」
週3回、5年間続けたピアノ。
週4回、6年間続けた水泳。
週2回、3年間続けた書道。
これらは、間違いなく子どもの「得意なこと」になる。
そして、「自分にはこれがある」という自信が、子どもの人生を支えてくれる。
2. 継続する力
1つのことを長く続ける経験は、継続する力を育てる。
この力は、習い事だけでなく、勉強、仕事、人間関係、あらゆる場面で役立つ。
「辛い時期もあった。でも続けた。そして今、自分は成長した」
この経験が、子どもを強くするんだ。
3. 深く学ぶ喜び
浅く広くではなく、深く学ぶことで、子どもは「学びの喜び」を知る。
「最初はできなかった。でも練習したらできるようになった」
「先週よりも、今週の方が上手くなった」
「先生に褒められた。もっと頑張ろう」
この喜びこそが、学ぶ意欲を育てる。
そして、この意欲が、学校の勉強にも波及していく。
4. 自由な時間の豊かさ
習い事を絞ることで生まれる自由時間は、子どもに豊かさを与える。
時間に追われない生活。
ゆっくり考えられる余裕。
好きなことに没頭できる時間。
これらが、子どもの心を育てていく。
5. 家族の時間
習い事の送り迎えに追われる生活から解放されれば、家族の時間も増える。
一緒に夕食を囲む時間。
子どもの話をゆっくり聞く時間。
週末に家族で出かける余裕。
この時間が、親子の絆を深め、子どもの情緒を安定させる。
終わりに 。「少ない」ことの豊かさ。
今は、「もっと、もっと」という時代だと思う。
もっと習い事を。もっと経験を。もっと刺激を。
しかし、本当にそれで良いのだろうか?
「少ない」ことは、貧しいことではないと思う。
むしろ、選び抜いた1つ、2つのことに集中できること。これは、とても豊かなことだと思うんだ。
当塾で、県立上位校に進学し、充実した人生を歩んでいる卒業生たちに共通するのは、
「子ども時代に、1つのことを深く続けた経験」だ。
それがピアノであれ、水泳であれ、書道であれ、サッカーであれ。
1つのことを本気で続けた経験が、彼らの人生の土台になっていると感じる。
一方で、「色々やったけど、何も残らなかった」という子どもたちも、残念ながら見てきた。
その差は、親の決断から生まれている。とても残酷な話だ。
あなたは、自分の子どもに何を与えたいですか?
浅い経験を10個ですか?
それとも、深い経験を1つですか?
今日から、習い事を見直してみませんか?
子どもと話し合い、本当に大切なものを選び、不要なものは手放す。
その勇気が、子どもの未来を変えるんだ。
「少なく、深く」これが、子どもを本当に成長させる道なんだ。

