特に中学校以降に多くなってくると思うのですが、
「学校の先生の授業が分かりずらいんです」というものがあります。
これには、おおよそ、2つのパターンがあると感じています。
①授業がその生徒にとって本当に分かりずらい。
②その先生のことが嫌いになってしまっている。
この2つです。
今回は、この①の場合について考えてみたいと思います。
まあ、実際、私の経験上でも
小学校⇒中学校⇒高校⇒大学と進むにつれ、どんどん授業はわかりずらくなっていきましたね。大学は、本当に分かりずらかった(笑)。ほとんど理解できないような授業もありました。
でも、これって当たり前の事なんです。
小学校の時は「具体的」なことを学ぶので、理解しやすい部分も多いと思います。
でも、中学以降は、どんどん「抽象的」なことを学ぶようになっていきますよね。それで分かりずらくなるんだと思います。なので、授業を聞いただけでは分かりずらいということが増えてくるのだと思うんです。
先ほども述べたように、私自身も、どんどん授業が分かりずらくなっていくという経験をしました。ただ、そのことにより、自分自身で勉強しなくてはいけないという意識もどんどん芽生えていきました。結果として、それで良かったと思うんですよね。
というわけで、何をお伝えしたいのかというと、
「学校の先生の授業が分かりずらいんです」
これ、成長するにつれて、どんどん増えていくんです。
というか、当たり前になっていってしまうんです。
実際、社会に出たら、だれも教えてくれませんよね(笑)。まあ、教えてくれるにしても手取り足取りではなく、自分で考えて行動することが前提になっていますよね。
なので、それを前提として、自分自身でも勉強しないといけないんですよね。
これは、学校がダメとかいう話ではなく、学校をあてにし過ぎない方が良いと思うのです。
問題なのは、そのような状態になった時に
何とかその状況を打破したい
そういう気持ちを持てるようになって
打破するための行動を起こせるようにする
それが必要な力であり、身につけるべき力なんだと思うんです。
ですので、学校の授業が分かりずらいのは、
成長するためのチャンスなんですよね。
このように考えてみるのはどうでしょうか?