最近、世の中を見渡していて、ふと不思議に思うことがあります。
それは、言葉の端々に現れる「過剰な敬語」です。
例えば、塾や習い事の業界でたまに見かける「生徒様」という呼び方。
あるいは、地図やアクセスマップの目印として書かれている「〇〇店様(例えば『コンビニの〇〇店様を右折』など)」といった表記。
決して批判したいわけではないのですが、
個人的にはこうした表現にどうも違和感を覚えてしまうんです笑
どこかよそよそしく、逆にすごく距離感を感じてしまうんです。
「様」が作る、見えない壁
もちろん、相手を尊重する気持ちや丁寧な対応は大切です。
しかし、「生徒」という言葉にはすでに十分な敬意や存在意義が含まれています。
そこにわざわざ「様」をつけて「生徒様」と呼んでしまうと、血の通った人と人との関係が、急に「サービス提供者とお客様」というドライな取引にすり替わってしまうような気がするんです。
マップの「〇〇店様」に至っては、目印としての分かりやすさが最優先のはずなのに、
過剰な気遣いが乗っかることで、かえって不自然な日本語になっています。
「〇〇店を右折」で十分に伝わりますし、誰も不快には思いませんよね?
過剰な気遣いは「自己防衛のノイズ」
なぜ、世の中はこれほどまでに過剰な敬語を使うようになったのでしょうか?
おそらくそれは、相手への純粋な敬意というよりも、
「とりあえず『様』をつけて丁寧にしておけば、誰からもクレームを言われないだろう」
という、自己防衛のための保険なんだと思います。
今の世の中は、そうした「保険」や「過剰な気遣い」で溢れかえっています。
でも、そうやって言葉を飾り立てて予防線を張るほど、
人と人との本当の距離は遠ざかっていくのではないでしょうか?
実際、すごく疲れますよね。
もっと自然体で、フラットに
僕は、生徒とは、自然体で向き合いたいと思っています。
保護者の方とも、フラットな関係性を築きたい。
予防線としての「様」を引き算してみる。
たったそれだけのことで、
人間関係はもっと風通しが良く、楽なものになるんじゃないかなと、
そんな風に思っています。
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