世間で良いと言われているものを 疑ってみる
逆張りが好きなわけじゃないんです
でも 長く残っているものには 理由があると思っています
流行は消えます
新しいものは 次の新しいものに置き換えられます
でも 何百年も残ってきたものは それだけの理由があって残っている
孔子の言葉が2500年後の今でも読まれているのは なぜか
「男子三日会わざれば刮目して見よ」という言葉が今でも刺さるのは なぜか
人間の本質は そんなに変わらないからです
新しいものが出るたびに飛びつくより 古くから残っているものに着目していく方が 長い目で見て正解に近いことが多い気がしています
「新しい=良い」は 本当でしょうか
教育の世界でも この構造が繰り返されます
「アクティブラーニングが最先端だ」
「プログラミング教育が必要だ」
「AIを使いこなすことが大事だ」
次々と「新しい良いこと」が登場します
でも 学校ワークを鉛筆で解いて 間違えた問題を解き直す
これは 何十年も前から変わらない学びの本質です
新しいものが本質を置き換えているのか
それとも 本質はそのままで 道具だけが変わっているのか
ここを見極める目を持ちたいと思っています
AIの話をすると 分かりやすいかもしれません
AIは日々進化しています
最先端モデルを追いかけようとすると 追いかけ続けることになります
昨日の最先端は 今日には普通になっている
今日の最先端は 明日には古くなっている
これを追い続けることに どれだけの意味があるでしょうか
僕が思うのは 最先端モデルを追うんじゃなくて 自分の生活に適したものを使えばいいということです
便利なら使う
自分の仕事や生活を助けてくれるなら使う
でも 使われている感覚が出てきたら 立ち止まる
AIに「次はこれをやれ」「これが良いらしいぞ」と誘導されている状態は AIを使っているんじゃなくて AIに動かされているだけです
道具は 自分が主人であるうちが良い
どんな道具でも 同じことが言えます
スマホも SNSも AIも
使いこなしている間は 生活が豊かになります
でも 気づかないうちに 道具に振り回される側になっていることがある
スマホを「使っている」のか スマホに「使われている」のか
SNSを「楽しんでいる」のか SNSに「消費されている」のか
AIを「活用している」のか AIに「誘導されている」のか
この境界を 意識し続けることが 大事だと思っています
実は 壊れやすく作られています
以前 ある人から聞いた話で 驚いたことがあります
昔の機械の方が 長持ちするし 修理もしやすい
今の製品は 買い替えのサイクルが起きやすいように 意図的に壊れやすく作られている
しかも 修理用の部品を途中で製造中止にしてしまう
闇深いと思いましたよね(笑)
でも これ 実は業界では「計画的陳腐化」と呼ばれている 広く知られた手法なんです
あのアップルすら スマホの電池を意図的に劣化させていたとして 訴訟を起こされたことがあります
「新しいものを買わせ続ける」仕組みは 道具の世界だけじゃなく あらゆる場所に仕込まれています
「最新のAIモデルに乗り換えてください」
「新しい教育法が出ました」
「今の方法はもう古い」
この構造 どこかで見た気がしませんか
新しいものを追いかけさせることで 得をする人がいる
だからこそ 「本当に必要か?」と一度立ち止まる癖が 自分を守ることになるんです
古いものの中に 答えがある
前に書いたブログとも繋がる話なんですけど
明治の知識人たちが作った翻訳語が 今でも私たちの思考を支えています
1800年前の三国志の言葉が 今でも人間関係の本質を突いています
教科書とワークを鉛筆で解くという 何十年も変わらない勉強法が 今でも一番確実に力になります
新しいものを否定したいんじゃない
ただ 長く残ってきたものには 長く残ってきた理由があります
世間で「これが良い」と言われるたびに飛びつく前に 「これは本当に良いのか」「古くから残っているものと比べて何が違うのか」と一度立ち止まる癖を持てると 長い目で見て損をしないと思っています
逆張りじゃなくていい
ただ 疑う目を持ち続けること
それだけで 流行に振り回される回数が ずいぶん減ります
最後に 3つだけ
「英語 英語」と言われるけれど
逆に 母国語を磨いてみる
「多様性 多様性」「国際化 国際化」と言われるけれど
逆に 固有性に着目してみる
情報過多だからこそ
意識的に 情報を絞ってしまう
これが 今の時代を本当の意味で生き抜く武器になるかもしれません
「うちの子、志望校に届くんだろうか?」
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